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大変だけど・・・介護中の幸せを感じた話し~3選~

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自宅介護:ばーちゃんの「おかえりなさい」

私は、40歳過ぎても実家暮らし独身でした。

仕事をしながら、要介護5の寝たきりの祖母を母と介護していました。毎日同じことの繰り返しで、「私の人生このままでいいのかな?」と生活に物足りなさを感じていました。

しかし、祖母を介護することで仕事のや人生の疲労感が癒されていくのを実感しているのも事実でした。仕事から帰宅し、自分の入浴と夕食を終えて祖母の部屋へ行き夕食を食べさせに行きます。その際、必ず「おかーえり」と可愛い声でニコっと微笑む祖母が大好きでした。毎日同じセリフ、同じ声のトーン。体調の悪い日も「おかーえり」の言い方はいつも同じでした。

私は、人生に物足りなさを感じながらも、穏やかな日々が暮らせる事が幸せなのかなぁ、祖母も幸せそうに微笑んでいる姿を見ていたいなぁと考えたものです。

しかし、寝たきりになって1年半。祖母は天寿を全うし亡くなりました。仕事から帰っても、あの「おかーえり」が聞けなくなりました。

寂しさとあの時の癒された時間を思い出すことがあります。祖母が寝ていた部屋であの時間をぼんやり思い出すこともあります。ばーちゃんの「おかーえり」は私の宝物になりました。

 

13年前、介護の仕事で受け取った、今思い出しても幸せな話し

私は介護職について14年目になります。

私がその施設で働いて新人の頃から入所されている女性の方がおられました。私の最初のイメージは
すごく人に対して意地悪をいう方でした。あまり関わりたくないなと思うこともあり、実際に何回か意地悪をされて泣いたことがあります。

最初の頃は私も関わりたくない、意地悪されるの嫌だな?また嫌味を言われるのかな?など考えながら接していたと思います。

ある日外出のレクレーションがあり、私がその方の担当を務めることになりました。外出先でも嫌味を言われるのかな?と思いながら、外出をしたのを今でも鮮明に覚えています。

ところが、外出先でも明るく沢山お話しして下さり私の中には意地悪な方という気持ちもなくなりお互い本心で楽しめ無事に終わりました。それをきっかけに私自身が勘違いをしているのではないのか?私自身が嫌だな…と思う気持ちがその方に伝わってしまっているのではないかと思い私自身の介護に対する接し方を改善しなければと思うようになりました。

次の日からできるだけ小さなことでも笑顔でお話ししたり困っていることはないですか?と声を掛け自分から積極的に接するようになりました。時間はかかりましたが、名前も覚えて下さり私がいない日でも今日はこないの?と言って下さるようになりました。

それから13年経ち、その方も認知症が進みいろいろなことを忘れてしまいます。今では私の名前も忘れてしまっています。

ある日の夜勤の際久しぶりに名前を呼んで下さりあのきっかけになった遠足の話、ありがとうとお言葉を頂きました。認知症が進んでしまいすぐに思い出せないけどこの方の心の中に残っていることにすごくほっこりした気持ちになりました。

嫌な方がいても私自身が温かい気持ちと思いやりを忘れなければ、その方に伝わるんだと改めて感じることができました。

 

認知症の91歳のおばあちゃん

私には3年ほど前から認知症になった91歳のおばあちゃんがいます。

私は地元を離れで家族とは別で暮らしているため、おばあちゃんとも帰省の時にしか会いません。いつも帰省した際に、私は誰か分かる?と聞いても、だいたいが別の名前が出てきます。時には聞いたこともない人の名前を言われることもあります。

数日いてもおばあちゃんの昼寝で少し時間があくと、私が帰省していることも、誰かも忘れており、あら?いつ帰ってきたん?と言われることもあります。なので、私の名前を言っても、本当に分かっているのか、孫なのかも理解していないかもしれません。

ですが、先日の帰省で、トイレ介助をし終わった際に、スッキリしてどんな気分?と尋ねると、天にも昇る気分。えぇ孫に恵まれて、私は幸せなこっちゃ。と手を合わせて話していました。思わず、もう一回どんな気分?と聞いてスマホで動画を撮りました。私が誰なのかを分かってくれていないかもしれませんが、たまたま孫が、と言ったのが当たっていただけかもしれませんが、とても嬉しい気持ちになりました。

おばあちゃんの笑顔はとても可愛く、とても笑顔が似合います。介護は大変ですが、ありがとうと話してくれるので家族も少しは介護の大変さが報われているのではないかと思っています。目指せ、100歳!

 

 

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